New プロジェクト②

「どうしてDaisukeさんはTraditional Apartmentを始めたのですか?」

先日、ゲストさんとラウンジで話をしていてこのような質問をいただいた。
僕は、TAを始めたきっかけを説明した。

「昔はこのあたりは子供達がいっぱいいて、人も沢山住んでたんですよ。
瓦町駅西側の商店街もかなり賑わっていて、土日になると歩けないくらい人が沢山集まってて。。
でも今では商店街はシャッターばっかりで、このあたりは駐車場だらけになったし。。
僕はデベロッパーでもないし、不動産業者でもないから宅地造成して人を住ませる事はできない。

人を移住させる力は僕にはないけど、人に来てもらう事は僕の力でもできるんじゃないかと。。
だから街が賑やかになればいいと考えて、宿を始めたんです。

だからこれからも街が良くなる様に、宿を増やしていきたいなあって考えています。

従来の垂直型のホテルではなく、街に複数の宿があって、旅行者が街を行ったり来たりする。街全体が宿になれば面白いなあって考えています。 」

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するとゲストさんから

「Daisukeさんが考えている事ってイタリアの田舎町で実際にあるの知ってますか??」

僕はイタリアにそのような仕組みがあるのは知らなかった。

「それは何という名前なんですか?」

僕はゲストさんに聞いた。

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「それはアルベルゴ ディフーゾって言うんです。」

アルベルゴ ディフーゾが誕生したきっかけは、1976年5月6日ヴェネツィアを襲ったM6.5の地震だった。
137の小さな町や村が被害を受け、多くの家屋が倒壊し、多くの人が亡くなった。
そして10年という歳月をかけて町や村は復興を遂げた。

そして当時、宿泊業組合の会長であったダッラーラ氏の元に知人から、とある村の宿の経営に関して講演をしてほしいとの依頼があった。

講演の為に村に来たダッラーラの目に飛び込んできたのは、震災の影も感じさせない木造と漆喰壁で作られた独特の街並みだった。
しかし震災で家を失い、職を失った人達は職を求めて町を離れていた。
結果、多くの家が空き家となっていた。

特に目玉となる観光資源があったわけではない為、簡易宿泊所を経営しても人手、資源ともに不足していると考えたダッラーラは友人より「アルベルゴ ディフーゾ」という言葉を聞いた。

アルベルゴ=宿、 ディフーゾ=散らばった。という意味でレオナルド・ザニエールという詩人の造語であった。

〜スローシティ〜 世界の均質化と闘うイタリアの小さな町 より引用

続く。。。

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