Traditional Apartmentの再建①

みなさんこんにちは。
Traditional Apartment管理人のDaisukeです。

朝、ワイドショーを見ておりましたら
「助けを求めるインコ」
というテロップで映像が流れておりまして、それを見ておりますと。

動物園で飼っているインコが

「誰かーーー!! おーい!! 誰かーーー!!」

と叫んでいる様子が放送されておりました。
虐待を受けているわけではないんですが、なぜか覚えたそうで一人爆笑しておりました。

余談はさて、タイトルのTA再建となった経緯を少しお話したいと思います。
1度では書ききれないので歴史を織り交ぜながら、数回に分けてご説明させていただきます。

香川県高松市塩上町という場所にTraditional Apartmentはあります。

高松市は香川のほぼ中央、瀬戸内海に面する港町で、かつては国鉄の宇高連絡線が就航していたことで四国の玄関口とも言われております。
高松市は近隣の市町村との合併を経て、現在約42万人の人口を抱える中核都市として栄えています。

話を少し江戸時代にまで遡れば、寛永19年(1642年)に水戸徳川家の初代藩主・徳川頼房(徳川家康の11男)の長男である松平頼重が入封しました。

松平頼重の弟には

水戸黄門様で有名な

徳川光圀がいます。

高松は水戸徳川家の長男が藩主を務めるくらい江戸時代から高松は非常に重要な場所して考えられてたんですね(水戸徳川家の水戸学は明治維新に大きく影響を及ぼしたとも言われています)。

そんな高松の様子が大きく変わったのが第二次世界大戦です。
1945年7月4日にアメリカ軍による「高松空襲」を受け、町内の多くが焼け野原となりました。
空襲で壊滅的被害を受けた高松市中心部では土地区画整理事業が施工されることになりました。
それにより国道11号線や、フェリー通り、観光通りといった幹線道路が整備されていきました。

TAがある塩上町も第一工区第二次区域として整備されました。
(ちなみに塩上町は高松市のハブ拠点である琴電瓦町駅の東側に位置しています。
西側にはトキワ街、南新町、丸亀街といった日本一の長さを誇るアーケード街があるショッピングエリアとなっています)

戦後、このあたりは琴電瓦町駅を挟んで西側が繁華街となり、東側に町工場などが立ち並ぶようになっていきました。。。。。

                     

長くなりましたので続きは次回にさせていただきます。
ではみなさま素敵な1日を。

Have a good day!!

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