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【ジョンレノンの絵】エントランスに掲げた理由

みなさんこんにちは。管理人のDaisukeです。


ご宿泊された方によくエントランスの絵について聞かれるのですが、今日はその絵の事について書きたいと思います。
よく聞かれる質問に、

「この人は誰ですか?」

とか

「好きなんですか?」

とか。

特に多いのが、

「なんでこの人を描いたのですか?」という質問です。

Traditional Apartmentのエントランスに描いている人達は全てミュージシャンで僕が好きな人達(尊敬する人)なんですが、今回はその中の一人である、ジョンレノンを描いた理由について書きたいと思います。

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ジョンレノン

ジョン・ウィンストン・オノ・レノン (英語: John Winston Ono Lennon、1940年10月9日 – 1980年12月8日) はイギリス出身のシンガーソングライター・ギタリスト。ビートルズにおいてボーカル・ギターなどを担当しレノン=マッカートニー名義で作詞作曲をした。ビートルズ解散後はソロとして主に小野洋子と活動した。シンシア・レノンとの間に生まれた長男ジュリアン・レノンと小野洋子との間に生まれた次男ショーン・レノンがいる。
出生名はジョン・ウィンストン・レノン。小野洋子との結婚に際しジョン・ウィンストン・オノ・レノンに改名。1965年にMBE・大英帝国第5級勲位を受賞したが、のちに英国のベトナム戦争支持を理由に返上した。(ウィキペディアより抜粋)

みなさんご存知かと思いますが、ジョンレノンはビートルズのメンバーで数多くの名曲を残しました。解散後は反戦運動にも積極的に参加し平和な世界を訴え続けていましたが、1980年12月に自宅アパートの前でチャップマンに銃撃され亡くなりました。1980年というのはちょうど僕達が生まれた年になります。従って僕はリアルタイムでジョンレノンを見た事がなく、彼の事は映像や音楽や本で知るくらいでした。
ビートルズは中学生の頃からよく聞いていたし良い曲だなーくらいの感覚だったのですが、ジョンレノンに対する見方が変わったのが、僕の大好きだったバンド「BLANKEY JET CITY」の国境線上の蟻というアルバムにある「ジョンレノン」という曲を聴いたのがきっかけでした。
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ジョンレノンが撃たれたその時 
数えきれない人が涙を流してた 
真冬のニューヨークでその時僕は何も感じなかった彼の歌声が空に吸い込まれてゆくのを見ていただけテレビの前でだけど今彼の歌を聴くと
 
胸に響くよ知らないうちにどうしてなのかは解らないけど 

きっとあの人の歌には何一つ嘘なんかなかったからさ
 

世界中が幸せになる事を信じていた 
飢えや絶望がこの地上から無くなる日が来ることを子供の心のまま 
新聞は彼は夢想家だと書いたマスコミは彼を偽善者だと決めつけた 
音楽って不思議だよ全てが見える
その人が抱いてる全ての世界がまるで
いつまでも押し寄せる波のように
 
いつまでも押し寄せる波のように 
いつまでも押し寄せる波のように  




アーティスト:BLANKEY JET CITY  
アルバム:国境線上の蟻 (The Very Best Of Blankey Jet City)  

作詞:浅井 健一  
作曲:浅井 健一  


この曲を聴いて以降、ベンジー(BLANKEY JET CITYのボーカル兼ギター)さんの様に僕の心にもジョンレノンの歌が胸に響く様になりました。


ひたむきに自分の考えに沿って活動し、音楽にのせて世の中に発信し続ける。心の中に嘘がないからこそ出来る事であり、彼が亡くなって40年経ったいまでも世界中の人の心に彼の音楽が残っているのが何よりの証拠だと思います。ジョンレノンの様な嘘のない心で生き続けたい。それがジョンレノンを描いた理由のひとつです。